- 吉田真理

- 2025年4月29日
二人の母が他界して、義母の時は、あの広い田舎の家(1階)に、お父さんもお母さんも居ないんだなぁ…と思うと本当にぽっかりと穴が空いたような寂しさを感じました。
実母の時は、号泣はしなくても寂しさとか悲しさとかが常にありました。私と母はあまり気が合いませんでした。私は、幼少期から本当に自己肯定感が低い方でしたし(褒めて育ててくれてたら、ちょっとは変わっていたかも、でも、きっとぼぉ-っとしていて、本当に期待に添えない子どもだったと思います。怒られてばかり)、子どもながら、違う家の子だったら??とよく想像していました。
でもそれでも、楽しい思い出もたくさんありました。一緒に買い物へ行ったこと、楽しい時間、買い物へ行くと必ず何か買ってくれたこと、一緒にテニスをしたこと、大人になってから北海道旅行へ、ウォーキング大会にも一緒に出た。母が会社から持ち帰った仕事を手伝って、小遣い稼ぎをしていたこと(^^;←電卓で計算してあげたのですが、私は電卓が速くて、いつも驚かれたのです
私の結婚式を、良い結婚式だと褒めてくれたこと、朗読会にも足を運んでくれた…などなど。
食事を作って持たせてくれたり、子どもの預け先に困った時は、すぐ快く引き受けてくれました。
大好きな母と、気が合わなくて大嫌いな母と、色々と気持ちがないまぜでした。でもやっぱり悲しいですね…。今は、父と一緒に、色々な手続きをしているのですが、一つ終わるごとにほっとすると同時に、この世の中に○○○○←母の名前 という存在がまた一つ無くなっていくというのが、本当に悲しく寂しいです。
……ところが、葬儀から3週間ほど経ったあたりから、何故か寂しく悲しい想いがなくなって?きました。何でだろう?もう寂しさ、悲しさを忘れちゃったのかな?ヤダな…。薄情なのかな。。
急いで?寂しさを想いだそうとしても、今までのような纏わりつくような悲しい感覚がない。
「…もう私は行くよ!元気でがんばるんだよ」って言ってるのかな〜?
- 吉田真理

- 2025年4月20日
今、NHKで放送されている大河ドラマ「べらぼう」。
そのべらぼう効果で、藤沢周平 作 「明烏」を朗読してみたい!という声が増えています。(教室内でね、「増えてる」というのはちと、大げさかもですが……)
明烏というと、落語ですか?と言われるのですが、「花魁」の話です。短編です。あまり起伏はない、平坦なお話です。(私も、元々は知らなくて、教室の受講生さんにご紹介いただいたものです)
話のなかに、吉原の様子や、花魁にお近づきになるシステム?(^^; みたいなことも書かれていて、当時の様子の一端を垣間みることができます。
そこで、べらぼう!べらぼうを観て廓言葉の感じ、ニュアンスが分かった!と…。
いいですねぇ〜♪
皆さんも挑戦してみるでありんす!
ほかにも当時の吉原など扱った作品がありましたら教えてくださんし。
そして、あんぱん(⚈ ̍̑⚈ ̍̑⚈)‼️
1週間まとめてのものを観ています。
今をときめく女優さん、俳優さんが出ていて、楽しい!やなせたかしさん…、こういう感じの方だったのですね。。?
スーパーやパン屋さんに行くと、どうしてもあんぱんに目が行ってしまいます。こないだは、菓子パンのあんぱんを買いました。ちょっと珍しい?うぐいすぱんでしたが…😋
あんぱん(⚈ ̍̑⚈͜ ̍̑⚈)♡♡ 元気が出そうです!
- 吉田真理

- 2025年4月17日
少し空いてしまいました、吉田真理でございます(..)
実は先日、義理の母が、そしてその一週間後に母が他界いたしました。コチラに書こうか書くまいか迷っていましたが、次に進めないので、気持ちの区切りとして書くことにしました。
義母のことも突然で、でも、少し元気になられたと聞いていたので、安心していました。コミュニケーションもできていたようだし、何とかリハビリをがんばって、元気になるかなと思っていたのですが。。
義母にはとっても良くして頂き、田舎へ帰ると必ず美味しいご飯が待っていました。お別れの手紙を読ませて頂きました。年に一度ぐらいしか帰れませんでしたが、美味しいご馳走、いつも気にかけて頂いてたこと、限られた時間しか一緒にはいられませんでしたが、思い出と感謝の気持ちをお伝えしました。
田舎から帰ってきたその翌日、日付が変わって午前2時21分に携帯が鳴り、ナンカナッテルナ〜??
( ¯ ¯ )ᐝ…………と思った瞬間、怖くなってしまいました。それしかないからです。頼りにしている息子に一緒に行ってほしかったけれど、ダメみたいだったので、一人で出かけました。
30分後に病院に着きましたが、もう既に息はしていませんでした。でもまだあったかい。
…もう1〜2週間とは聞いていたので、でも何度も危機を乗り越えてきたので、もしかしたらと思いましたが、、、。
母は、もう何年も前から、もう生きていたくないことを言っていて。病気があったのでね。だからある意味、やっと楽になれたね、とも思いました。
……長く書きすぎてしまいました。
義母の時も、母の時も、しっかり悔いなくお別れできました。今は、後の手続きやら名義変更やら事務手続きを父と一緒にやっています。
初めてのことで、多くの方々に支えられながら、本当に不思議な経験、体験でもありました。
ありがとうございました。

